第27回定期演奏会プレトーク

レイディエート・フィルハーモニック・オーケストラ
第27回定期演奏会 プレトーク

(2017年10月7日/於:大田区民ホール・アプリコ 大ホール)

お話:
 山野雄大(レイディエート・フィル チェロ奏者/ライター[音楽・舞踊評論])
 山崎慎一(レイディエート・フィル クラリネット奏者/同団団長)

助演:中村海 (レイディエート・フィル 打楽器奏者)

コンサートの演目:
 グラズノフ 組曲《バレエの情景》
 プロコフィエフ バレエ音楽《シンデレラ》(組曲版)

◆まずはご挨拶

〈山野〉 皆さまこんにちは。ようこそいらして下さいました。

〈山崎団長〉 ようこそいらっしゃいました。

〈山野〉 前回の定期演奏会でも、コンサートが始まる前に、演奏する曲目についてお話をする機会をこのように設けましたら、意外に大きな反響を頂戴いたしまして、ありがとうございました。今回も喋らせていただきます、レイディエート・フィルでチェロを弾いている山野と申します。
 私の本業はライターで、クラシック音楽を中心にものを書いたりしております。ほかに、日本フィルさんとかプロのオーケストラの定期演奏会でもプレトークをしたり、喋る仕事もしておりますので、こういう機会に出てきた次第でございます。そしてこちらは、当団の団長さん、クラリネットの山崎さんです。

〈山崎団長〉 山崎と申します。前回は〈プレコンサート〉というのを演らせていただきまして、その後にプレトークだったものですから、息が切れておりまして(笑)。今は大丈夫でございます。よろしくお願い致します。

〈山野〉 今回は〈プレコンサート〉はなしで、我々のお話だけでございます。

◆グラズノフの珍しい組曲《バレエの情景》を

〈山野〉  本日の定期演奏会では、ロシアの作曲家をふたり‥‥まずはグラズノフ[1865〜1936]という人と、そのお弟子さんの世代にあたるプロコフィエフ[1891〜1953]の作品を合わせて演奏いたします。
 前半に演るグラズノフ《バレエの情景》[作品52/1894年]という曲は、ほとんどのかたは聴かれたことがないんじゃないかと思うんですね。
 グラズノフという人は、バレエ音楽をいくつか書いておりまして、有名なところでは《ライモンダ》[1898年初演]というのがありますが、あと2曲書いているんです。こちらはあまりご存知ないんじゃないかなと。

〈山崎団長〉 そうですね。あまり有名じゃないんですよね。

〈山野〉 《ライモンダ》ばっかり演奏されるんですれども、もうひとつは《お嬢様女中》というバレエ音楽。これはこのあいだ日本フィルが定期演奏会で取り上げましたが、演奏されること自体がとても珍しい。
 そしてもうひとつが《四季》。こちらは、オーケストラの演奏会ではけっこう演られるんですけれども、振付のついたバレエのレパートリーとしてはほとんど残っていません。グラズノフのバレエ音楽で、舞台でも観られるのは《ライモンダ》ぐらい、ということになります。
 今日のコンサートで演る《バレエの情景》という曲は、バレエ音楽でなくて、もともと演奏会用の組曲として書かれているんですけれども、そのまんまバレエとして上演しても成り立つぐらいの、とても楽しい豊かな演目です。聴きながら、頭の中で振付をご想像いただきながらお楽しみ頂けるんじゃないかと思います。
 この《バレエの情景》ですが、人によっては「あれ?この曲聞いたことあるぞ。」って思われるかたがいるかもしれません。えーっと2曲目かな、〈マリオネット〉という曲は、先ほど申し上げた《お嬢様女中》というバレエにそのまま転用されてます。実際に踊られたわけですね。
 そして、いろんな舞曲が演奏されるなかで、第3曲〈マズルカ〉と第7曲〈ワルツ〉の2つは、バレエ《ライモンダ》の演出ヴァージョンによってはそちらに挿入されることがあります。ですから、その演出をご覧になったかたは、今日お聴きになって「あっ!」と思われるかも知れません。

◆グラズノフとプロコフィエフ、サウンドの違い

〈山野〉 今日は、このグラズノフと、後半はプロコフィエフの《シンデレラ》を演奏するわけですが、面白いことにこの2曲、このふたりの作曲家では、オーケストラの響きかたがまったく違うんですね。真逆と言ってもいいぐらい違いますので、そのあたりもお楽しみいただきたいと思います。
 団長さんからみて、クラリネットを吹いていて、このふたり作曲家で響きかたの違いとか何かお感じになることはありますか?

〈山崎団長〉 はい。クラリネットは〈非常に機動力に優れる〉というようなことを言われる楽器なんですが、作曲家によって大分いろいろと使いかたが違うんですね。
 今回のグラズノフは、3本の普通のクラリネットを重ねているところがあまり無いんじゃないかな、と思うんですけれども‥‥先ほどご紹介がありました〈マリオネット〉という曲では、基本的にピッコロがとてもきらびやかな楽しいメロディーを吹いているんですけども、その裏でクラリネット3本が和音を作りながら演奏している。そんなところも実は聴きどころかな‥‥と自分にプレッシャーをかけているわけじゃないんですけど(笑)そんなところも楽しんできいていただければと思います。

〈山野〉 なるほど。

〈山崎団長〉 プロコフィエフの場合はですね‥‥これは非常に難しい曲でございまして(笑)、個人技によるところが非常に大きくて、わたくしも含めて皆さんなかなか苦労した曲です。こちらの曲は、3本のクラリネットのうち1本はバス・クラリネットといって、ちょっと音程の低い大きな楽器で合わせて3本というようなことになってます。

〈山野〉 面白いことに、グラズノフのほうのオーケストレーション‥‥管弦楽法とも言いますが、要するに〈オーケストラの書きかた〉みたいなことですが、とってもぶ厚いんですね。いろんな楽器が同じメロディを並行して歌ったり、和音をばーんと厚く響かせたりするので、全員が考えずにばーんと演奏すると、何を演っているのか意外に分からなくなってしまうので、響きを綺麗に整理しなければいけない。
 ところが逆に、プロコフィエフの《シンデレラ》という曲は、すごく洗練された、そのぶん団長さんも仰ったように大変難しい書きかたをしています。極端に言うと、一人一人がきっちりと仕上げて、クリスタル製のレンガを積み重ねていってそこに光を当てる‥‥みたいなことをやらないといけない。室内楽的な難しさのなかで透明感みたいなものを出さないと、曲にならないんですね。演奏の前に言いわけばっかりしてるみたいですけど(笑)。

◆プロコフィエフの面白さ──ピッコロとテューバの合わせ技

〈山野〉 そうそう、申し遅れましたけれども、今日はグラズノフ《バレエの情景》で、1曲だけ演らない曲があります[第4曲〈スケルツィーノ〉はカットして演奏いたしました]。ここはオトナの事情ということで‥‥(笑)これ、とっても難しいんです。
 そして、プログラムに挟み込んだ紙にも書いてあると思いますが、後半のプロコフィエフ《シンデレラ》では、最後のほうで1曲‥‥というか0.5曲、半曲足させていただきます。
 挟みこんであるプルト表の紙、下のほうにご案内があると思うんですけれども、最後の第12曲〈アモローソ(愛を込めて)〉というたいへん美しい曲の前に、つなぎとして〈スロー・ワルツ〉という曲を前半だけ入れますんで、ご承知おきください。これは《シンデレラ》の中でもとても綺麗な、しかしいちばん難しい曲でもあります。
 この《シンデレラ》というバレエ音楽は、オーケストレーションがとっても面白い曲でもあるんです。たとえば、ピッコロという楽器があります。フルートの短いやつですね、いちばん高い音の出る楽器ですが、それとテューバ、金管楽器のいちばん端にいる大きな楽器で、いちばん低い音の出る楽器。このピッコロとテューバをふたつ同時に出して、それで不思議な透明感を出したりしてるんですね。
 また、そのテューバにしても、ふつうは低音をぼーん‥‥と伸ばしているだけだったりするところ、この曲ではちょっと妖しい動きをしたりして、透明感のある響きに低音の妖しげな動きが大人っぽいニュアンスを加えたりするんですね。そういうところも、ちょっと耳を傾けていただければ面白いかと思います。

◆《シンデレラ》で大活躍する大太鼓

〈山野〉 それともうひとつ、注意してお聴きいただいたら面白いかなと思うのは、大太鼓なんです。──オーケストラって、後ろのほうにお釜みたいな太鼓が並んでいて、あれはティンパニといって音の高さを自由に変えることができます。ドミソの和音にはまるように音を変えられるんですが、大太鼓というのは、そこまで音程を変えることはできません。叩くと「どーん」って音がします。
 楽器を演られないかたとお話していると、たまに「私、楽器できないけど、オーケストラだったら大太鼓やるわ!」って言われたりするんですけど、どーんと叩いてるだけのように見えて、実はすごく難しい楽器なんです、あれ。
 特に、今日演奏するプロコフィエフの《シンデレラ》では、大太鼓がいろんな表情をみせてくれます。どういうはたらきをしているのか、ちょっとだけ見せていただこうと思います。[大太鼓奏者を呼ぶ]海さーん!

〈中村〉 (登場)

〈山野〉 あ、よろしくお願いします。大太鼓のところへどうぞ。今日の大太鼓を叩いております中村海さんです。(客席拍手)
 大太鼓って、たとえば小学校の鼓笛隊でも使いますし、どんどん叩く行進曲みたいなやつありますよね。海さん、ちょっと鼓笛隊っぽく叩いていただけますか?

〈中村〉 (どん、どん、どん、どん‥‥と大太鼓を叩く)

〈山野〉 ありがとうございます。ところが、あの大太鼓でさらにいろんな表現ができるわけです。たとえば‥‥皆さんちょっと静かにしてくださいね。夜のしじまのなかで、大太鼓の静かな響きが、夜の暗さや深さを表現する、ということができます。

〈中村〉 (小さな音量で、どん‥‥と大太鼓を深く叩く)

〈山野〉 あるいは、トレモロで、夜の闇の奥に何かが轟いているような‥‥それこそ[ストラヴィンスキーの]《火の鳥》の冒頭みたいなイメージで。

〈中村〉 (小さな音量で、どどどどどど‥‥と大太鼓を叩く)

〈山野〉 もっと弱く。

〈中村〉 (さらに小さな音量で、どろどろどろどろ‥‥と大太鼓を叩く)

〈山野〉 もーっと弱く‥‥。

〈中村〉 (さらに小さな音量で、ろろろろろろろろ‥‥と大太鼓を叩く)

〈山野〉 皆さんきこえますか? 微かに空気が揺らぐくらいの小さな音量ですが、この小さな大太鼓の響きに、他の楽器も包まれて、身体が底から震えてくるような効果が生まれるんですね。
 あるいは、今日の演目では2曲目かな?《喧嘩》という曲があります。シンデレラの義理のお姉さん2人がショールを引っ張りあって、わーっ!って喧嘩するシーンがあります。その曲の最後、わちゃわちゃした最後で、大太鼓が一発「どーん!」と決めて、音楽をぱたっと閉める。とても印象的な終わり方なんですが、ではそれを。

〈中村〉 (どん!と大太鼓を大音量で鳴らす)

〈山野〉 この迫力で曲がぱたっと終わる、という。他にもいろいろ出来るかな?バチを換えてみて下さいな。

〈中村〉 (マレットを持ち替えて、ばん!と大太鼓を叩く)

〈山野〉 音がちょっと硬くなったの分かります? では、今度はちょっと柔らかくして下さいな。

〈中村〉 (どんどん、と小さな音量で大太鼓を叩く)

〈山野〉 では、「怪獣が歩くような音」を。

〈中村〉 (だん、だだん、だだだだだ、だん!と大太鼓を威勢良く叩く)

〈山野〉 怪獣のイメージもいろいろですね(笑)。では「ペンギンの歩く音」。

〈中村〉 (どどどどど‥‥と小さな音量で大太鼓を叩く)

〈山野〉 鈴本演芸場で紙切りにリクエスト出してるみたいですけど(笑)、音程を大きく変えることはできませんけれども、このようにいろいろな表情をつくることができる楽器なんです。この大太鼓が、プロコフィエフの凄く精密な響き、管楽器や弦楽器の響きを包み込んだり、打撃を与えてサウンドの輪郭を作ったりします。‥‥では最後にもう一発、どーん!とお願いします。

〈中村〉 (どーん!と大きく大太鼓を叩く)

〈山野〉 ありがとうございました!

〈客席〉 (拍手)

〈山野〉 《シンデレラ》のなかで、ピッコロやテューバ、大太鼓といったいろいろな楽器、そしてその組み合わせで、いろいろなことが起こるのを楽しんでいただけるかなと思います。

◆《シンデレラ》のさまざまな読み替え演出

〈山野〉 あと、余談になりますが、《シンデレラ》は皆さん、バレエの舞台でもいろいろな演出でご覧になっている作品かと思います。日本でいちばん観られる機会が多いのは、新国立劇場バレエ団が上演しているヴァージョン‥‥イギリスの振付家フレデリック・アシュトンが振り付けたものですね。日本では、来日するバレエ団が上演するロシア版の振付より、アシュトン版のほうが回数的に多く観られるでしょうね。義理のお姉さん二人の役を男性ダンサーが踊る、面白いヴァージョンです。
 また、この《シンデレラ》には他にも、いろいろな読み替え演出があります。パリ・オペラ座バレエ団が上演しているヌレエフ振付版ですと、ハリウッドですか、シンデレラが銀幕の女優に憧れてどんどん出世していく‥‥みたいな設定になっているのもあります。
 チューリヒ・バレエが上演しているシュペルリ版では、シンデレラがバレエ・ダンサーとして出世していくという設定なんですけど、プロコフィエフの音楽に合わせてシンデレラが踊るのが、ボリショイ・バレエ版の《ドン・キホーテ》だったり、パリ・オペラ座版の《ラ・バヤデール》だったり、ロイヤル・バレエ版の《眠れる森の美女》だったり、そういうパロディが盛り込まれていてバレエ・ファンには笑えるシーンなんですね。

◆〈憧れのテーマ〉の秘密

〈山野〉 《シンデレラ》には、こういう読み替え演出がたくさんありますから、もともとの音楽も、シンデレラの物語だけあてはめて考えなくても、皆さんご自由に聴いていただいて結構かと思います。
 そもそも、このプロコフィエフの《シンデレラ》という曲、最初に暗く始まった次に出てくる憧れのテーマがあるんですけど(歌う)、これは実は、もともと《シンデレラ》のために書かれたメロディではないんです。プロコフィエフがこの曲の前に、プーシキン原作の《エフゲニ・オネーギン》という劇音楽のために書いたメロディを、そのまま転用してるんですね。‥‥そちらでは、タチヤーナという女性が、むかし自分を手酷く振ったオネーギンという男と、時を経て再会するシーンの音楽です。自分を傷つけた男と再会するシーンの音楽が、シンデレラの憧れのテーマに転用されているという、なかなかにエグい話です。
 そんなこともありますから、まぁ自由に読み換えしながらお聴きいただいて‥‥我々も、至らぬところはたくさんございますが、精一杯の愛と尊敬をこめて演奏したいと思います。

〈山崎団長〉 そうですね。想像力を豊かにして聞いていただければと。間違っても「どうかな?」って思いながらですね(笑)、あぁ、これはこれで正しいんだと思って聞いていただければよろしいかなと思います。

〈山野〉 想像力で補っていただければと(笑)。今日は最後までごゆっくりお楽しみください。ありがとうございました。

〈山崎団長〉 ありがとうございました。